あ、地雷踏んだと後悔した時にはもう遅い事がほとんどだ。
ファビウスは固まった状態からは回復したものの、無言のまま釣り糸を回収し餌を付け直した後また川へ投げ入れ、それから動かない。
釣り人としては正しい姿なのかもしれないが、何かがおかしい。
ファビウスは無言は無言でも、いつも雰囲気が柔らかい。
だが今のこいつはピンと張り詰めた糸のようで、雰囲気が固い。明らかにいつもとは違う。
その原因を探ってみるが、思い当たるまでもなく、アレしかない。
そう、さっきの俺の「エミリオ」発言である。
エミリオについて少し語ると……いや、別に語りたいわけではないのだが、というかむしろ語りたくはないのだがそういうわけにもいくまい。
エミリオとは、フルネームをエミリオ・アロマーという。旧姓はテルフォードといい、ファビウスの従兄に当たる奴だ。
……そして俺の同窓でもある。が、別に特別仲が良いというわけではない、断じてない。
このエミリオという男は、端的に説明するなら爽やかな皮を被ったどぎつい奴である。
学生時代、プロフィールに「なんとなく地味」などと引っさげていたエミリオは、ストレートの髪を目を覆い隠す位置まで伸ばし、太ブチ眼鏡でさらに顔を隠していた。
その姿はまさに、本で見た遠く異国に降臨すると言われる聖なる生物のようであった。
そんな姿のエミリオに、好んで近づく同級生はいなかった。
話しかけても「うん」「そうだね」「いや」と一言しか返さない。別に返事はするのでコミュニケーションが取れないわけではないのだが、愛想というものが無いのだ。
そんなエミリオと俺は2人でいる事が多かった。何故かって?……ふ、家が近所だったからだよ。
エミリオ曰く、「エドワードはとても面白い」らしい。
全くもって嬉しくないだってアイツ嘲笑じみた笑顔だったんだぜ?あの前髪の隙間から目がこっち見てたんだぜ?怖いわ!
子供同士の関係が面倒の一言で俺以外との接触は一言返事とあの前髪でシャットアウト、おかげで俺は3年間エミリオ用の連絡係と化した。
学校行事など全スルー、ノイアルさんの部屋に引きこもり、本を読み漁る生活。
当然女子と会話などしていないし友人になどなれるはずもない。
こいつ成人してから大丈夫か?と少し心配していた。
しかし成人式に事件は起こった。
さすがにこの日は朝から俺含め家族皆が忙しい。子供の一生に一度の晴れ舞台なのだから当然親も気合が入るものだ。
数日前から俺はエミリオに、「この日は一人で来るように」「サボるな」と伝えていた。
そして迎えた成人式。
無事に来たエミリオと並び立ち、成長し隣を見た瞬間、俺は目を疑った。
サラサラの深い赤の髪は眉を隠す程度に揃えられ、太ブチ眼鏡は細い銀フレームに代わっていた。
いつの間に鍛えていたのかステータスは同級生の誰より高かったし、なにより今まで前髪で隠れていた素顔に同級女子含む女性から熱い視線が注がれていた。
そう、ヤツはこれ以上ない程完璧な成人デビューを果たしたのだった。
お前あの学生の日々は何だったとばかりの爽やか笑顔を浮かべるエミリオに、イケメン爆発しろと思った俺を誰が責められようか。
女子に声を掛けられまくり散々青春を謳歌したエミリオはしかし同級の誰でもなく、移住者としてやってきたシェアーという女の子と出会い、そして結婚してしまった。
その後の夫婦っぷりはもはや言うまでもないだろう。今は1児の父親で、もうすぐ第2子が生まれるらしい。
……どこが「なんとなく地味」なんだ!あいつ絶対プロフィール欄改造してるよ。
エミリオならそれが可能な気がする……。
長くなったが、本題に戻すと、ファビウスの地雷になった「エミリオ」とはこういうヤツなのである。
確かにヤツならば人にトラウマの一つや二つあの嘲笑でもって植えつけそうだが、あれでも従弟のファビウスの事は可愛がっていたはずだ。
ファビウスの柔らかい赤毛を気に入り、会うたびに女子が「普段とのギャップがたまらないのよね~//」と騒ぐ父性丸出しの顔で撫でているくらいだ。
思案にくれる俺の隣でファビウスは、無言で魚を釣り上げては川に戻し、釣り上げては戻し。キャッチ&リリースを繰り返している。
お前そんなんだから仕事ポイント少ないんだよと自分は棚に上げて呆れていた時だった。
「お、エドワード」
振り向くと、件の人物が居た。エミリオである。
なんてタイミングで来るんだよ、と思う俺の内心など分かっていないのかあえて無視しているのか、エミリオは川べりに近づいて来、すぐに俺の隣の人物にも気がついた。
「ファビウスもここにいたのか」
言いながらエミリオの手がファビウスの髪に触れるか触れないかの時だった。
ファビウスがいつになく素早い動きで立ち上がった。釣り糸を竿に巻き付け回収すると、エミリオに向き直り、
「従兄さん......すいません、用事を、思い出したので......」
たどたどしく、それだけ告げると、上流へ去って行った。止める暇もない。
そのまま市場へ消えるファビウスの背中を呆然と見送った俺は、しかしすぐに我に返った。
ファビウスに続けとばかりに釣り竿を片づけ、立ちあがろうとした俺の両肩に、誰かの両手が置かれた。
……エミリオである。
段々と力が込められる両手に抑えつけられる……た、立てないんだが……!?
「……なぁ、エドワード」
「おわ!何だよ!」
「何で俺が、可愛い従弟に、逃げられるんだろうなぁ……」
「いや、逃げたなんて...気のせいじゃないか!?あいついつもあんな感じだぞ?」
「エドワード」
「な、何だよ……」
「教えて、くれるよな?」
「………………はい」
分かったから!俺の肩を粉砕しようとするのはやめろっ!!
ミシミシっていってるからー!
***
昨日のちはるとの会話から今までの事を吐かされた俺は両肩をさすっていた。
撫で肩になった気がする......。
「ふ~ん、ちはるちゃんが」
犯人は俺の横で訳知り顔で頷いている。
「エミリオお前、何か言う事あるだろが!」
「ん?ああ、悪い悪い」
「軽いっ!!」
はははと爽やかに笑う姿は道行く新成人が見惚れる程には絵になっている。
だが許さん。
「ファビウスも成長したなー」
うんうん。晴れやかに頷いたエミリオは、しかし何も言う事なくそのまま去っていこうとした。
そう、すべてを悟ったような顔をして...て、おい!
俺にはまだ一連の出来事の流れが見えてこないぞ!?
慌てて襟をを引っ掴む。
「待てこら!」
「??」
首を傾げるな!
「...ファビウスがなんだって?」
「ちはるちゃんが俺の事格好良いって誉めてくれたから、ファビウスがやきもち妬いてるって事だろ?」
エミリオの言葉が頭を駆け巡る。
……は?
やきもち、焼き餅……いや、やきもち??
「ファビウスが?」
声が裏返る。
「年がらぼーっとして、釣り三昧のくせにリリースばっかしてるから仕事ポイントが少ない上に友人がいるかすら怪しいファビウスだぞ?」
「友人ならエドワードがいるじゃないか」
「な...いやまあそうだけどな!改めて言われると照れるからやめろよ!」
「はは、これからも仲良くしてやってくれ」
「...おう!ってお前はファビウスの親かよ!」
「まあな、似たようなもんだ」
ははははははははははははは............
「じゃあまたな」
「まてーーい!!!」
俺はエミリオの襟を引っ掴んだ。
「エドワード、襟が伸びたらどうするんだ。シェアーに怒られるのは俺なんだぞ」
「いやそれは悪いつい掴みやすかったもんで!で、ちょっとすまんが、纏めさせてくれ、ファビウスの様子がおかしくて焦ったのも、俺の肩が粉砕されそうになったのも、原因は...」
「ファビウスの悋気だな」
原因はお前が話したちはるちゃんの話だろう?それにしてもあのファビウスがやきもちを抱くようになるとはなぁ、さっき逃げたのも俺にどう対応したら良いか分からなかったからだろ、自分の感情を理解はしても、どうしたら良いかまでは分からなくてぐるぐる悩んでるんだぜ、きっと。いやー、若いっていいなー。
つらつら語られるエミリオの従弟談義を聞きながら、俺の頭にはある言葉が浮かんでいた、そう、
「リ、リア充爆発しろーーー!!うわぁぁぁ、俺だって、俺だっていつかっ!!きっと!」
ぬおおおおー!と悶える俺が、エミリオがいなくなっている事と、1人転がる俺へ向けられる通行人からの視線に気づき川に飛び込みたくなるのは、この数刻後の事であった……。
<終わり>
完結まで時間かかりすぎですいません><
しかし、エドワード一人称だと動かしやすいです。
次はもっとファビウスさんとちはるを動かしたい♪
マルティナちゃんとエドワードの話も書きたい……言うだけならタダなのであります(>▽<;;
では、ここまで読んで頂き、本当にありがとうございました!
[0回]
PR